眠った村と壊れた橋。

レビュー多。

回顧録における遭遇(であい)

 フィクションを読んでその中に出てくる魅力的な人物に感情移入し、それが高じて強い共感をそのキャラクターに対し抱いてしまうことは珍しくない。

 これはあるいはそれに似た経験なのかも知れない。

 すなわちぼくはある回顧録を読んでいて、著者が思い起こし描いている人物に常軌を逸した共感を持ってしまったのである。それには著者のすぐれた筆力が多分に影響していることは違いのだが、それ以上に強力に働いた原因は、その人物の人となりである。具体的にどうとは言えないのだが、「共感を持ってしまった」と言ったのだ。だからぼくとその人物は、少なくとも互いに通じている部分があるのである。

 回顧録をやや興奮気味に通読した後、奇妙な感懐にぼくは陥った。それはつまり、きっと親しくなれると直感できる人に出会った時のような感懐である。その人は幻覚に近い明瞭さで目の前におり、ぼくは彼に声をかけ、手を取りたいと強く望む。だが、その人は実際には回顧録の中にしかいない、ほとんど架空の人物であり、その望みは叶わない。


 失望である。

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