眠った村と壊れた橋。

レビュー多。

(習作)《断想その壱『星空』》

 っきベッドに入る前、カーテンを閉めようとした時、ふいに空を見てみたら、思いのほかたくさんの星が浮かんでいたから驚いた。

 こんなにたくさんの星が見えることなんてあったかな、と疑問を持つくらい、夜空にはつぶらで明るい星が多く詰まっていた。
 しばらくその光景を眺めていたかったが、明日の朝が早いので、仕方なくぼくは惜しみながらカーテンを閉め、ベッドに入った。
 照明が消え、真っ暗な部屋の中、ぼくは目をつむったまま、まださっきの星空の光景に心を奪われていた。


《はて、あれほどしっかりと星を眺めたのはいつぶりだろう? 幾つもの星をぼくは入念に見つめた。子供の頃にだってそんなにしっかりと見たことはなかったと思う。あれほどのたくさんの星は、ここいらの市街では到底拝むことなど出来ないはず。まるで、どこかの山頂から見ているかのような壮大な眺望だったなぁ。》


 おのずとぼくは、もう一度星空を拝みたいと思いだし、それがやがて勢力を増して強い衝拍となったので、からだを覆う布団を取り払って起きると、カーテンを開けた。
 その時のぼくには恐れがあった。もしかすると星空が、流れてきた雲で濁るなどして、改めて見るべき価値を失っていはしないかと。
 だが、それは杞憂だった。星空はまだ輝きを失ってはいなかった。冴え渡る夜空では星辰がまだ、目に見えない足取りでゆっくり、ゆっくりと、彼方の地平線に向けて流れていた。


星空を二度見たぼくは、ひどく安心してしまった。


《こんな奇跡のように綺麗な夜空を二度も拝めるなんて、ぼくはたいへんな幸せ者だ。この感動をもって、明日の仕事、精一杯頑張ろう。同僚に、彼女に、この星空の光景の感想を求めよう。きっとみんなこの光景をすでに見た、あるいは今も見ているに違いない。今すぐメールを送ったりして聞いてみたいけど、夜中だからそんなこと、迷惑を憚(はばか)って出来ない。でも、大丈夫だ。明日になっても問題ない。こんなみずみずしい気持ち、眠ったって忘れやしないだろう。》


 そしてぼくはベッドに戻り寝た。安眠だった。


 それからしばらくのことだった。
 ぼくは違和感を感じた。まず意識が先に眠りから目覚めた。何かの唸る音が微かに聞こえる。


《・・・・・・いやに寒いな。この感じ、風が入ってきてるんだろうか。おっかしいな。窓、閉めたはずなのに。開けっ放しだったのかな。》


 ぼくは布団を払い起きた。すると、例の星空が見えるから、
《あぁ、やっぱり。ぼくは窓を閉め忘れたんだ。たぶん、星空をもっとよく見ようとして、カーテンだけじゃなく、窓も開けてしまったんだな。それで窓は閉めずに、カーテンだけ閉めて・・・・・・って、そんなとぼけたことありえるだろうか》

 と思った。

 

 裸足の足がひんやりと冷たかった。それにぼくの見ている星空、たしかに綺麗だけど、心なしかありえないぐらい広がっている。
《もしかして、ここは・・・・・・?》
 どこか分からなかった。だが、少なくとも自分の寝ていた部屋ではなかった。到底、そうではない。なぜならそこは、峨々たる岩山に囲まれた、どこかの寒い、高地だからである。
 ぼくはその、いつか見た覚えのある、欧州の北部と思われるところで、知らない内に、キャンプをしていたらしい。(羽毛の布団と枕だけしかないのだが。)
 呆気に取られたが、なるほどこれが夢なら、ありえないことなどないと考え、良識の抵抗なく、素直に納得してしまった。ぼくは夢の異境にしたたかに馴染んで、空の眺めを心から楽しんだ。
 オーロラのカーテンがかかっている。黄色く透き通った、幻想的なカーテンが、スカートのような幾つかのプリーツを成して、夜空の高いところから垂れている。
《あぁ、なんて綺麗なんだろう。今夜は特別だ。特別すぎるくらい特別な夜だ。こんな目の正月が出来るなんて。このスペクタクル、天体望遠鏡からの壮麗な眺めにだって劣らない。メモか何かあったら良かったのに。これは心のカメラだけでは収めきれない光景だ。文字も使って思いを記録しなくちゃ、ひどくもったいない。》


 だが、それはその夜限りのビジョンであった。メモもカメラもなかったが、幸い翌朝になっても夢の内容が記憶に鮮やかに残っていたので、ぼくはこうしてノートに書き残しておくことが出来た。これを読み返すと、その日の夜に必ず、ぼくはまた、ベッドの中で、ひんやりした風に撫でられるような、はだ寒い感覚を覚える。その時はでも、窓もカーテンも開いてはいないし、夜空の星が市街らしからぬ輝きを放っていることもない。
 そういえば、あの夜の翌日、ぼくは期待感と共に職場へ赴き、同僚と彼女に星空の話を持ちかけたのだが、彼らはまるで何も知らないかのように、話が飲み込めず、共感が得られなかった。つまり、北欧辺りへの遠出は、やはり夢で、ぼくはその孤独な体験者
だったという訳である。

 それは寂しいことだが、ぼくにも、同僚と彼女から同じような、突拍子もない、それこそ夢のような話を聞いて、共感の意を持てないことがある。そんな時は彼らも、孤独の寂しさを感じているのだろうか。
 ぼくの話を聞いても、冷たい風の肌触りを、ぼくが感じたように、彼らは感じない。反対に、彼らの話を聞いても、ぼくは、彼らが体感したものを、同じように体感することが出来ない。

 何か惜しい感じがする。せっかく文字にして残したのに、このノートの記録は結局、ぼくにしか有効じゃないものなんだろうか。
 そして、ぼくはまたこれを読み返しては、その夜にまた風を肌に感じて、時間と人格に隔てられた、過去の固有の幻の中を、孤独に寂しく、それでいて充実を覚えながら、繰り返しこころよく突っ切ってゆく。あの夜にぼくが目覚めた夢の異境を探し求めて、暗い眠りの虚空の中を、星辰の輝きが満ちるところまで、繰り返し、諦めることなく・・・・・・


(了)

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